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仙台地方裁判所 昭和51年(行ウ)5号 判決 1977年5月16日

原告 有限会社マルヤタクシー

被告 仙台陸運局長 ほか一名

訴訟代理人 蔵持和郎 天野高広 ほか一名

主文

一  原告の被告仙台陸運局長に対する訴えを却下する。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告仙台陸運局長の原告に対する昭和四九年四月二六日付仙陸自旅第三四七号の一七警告書による警告処分を取消す。

2  被告国は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五一年七月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら(本案前の申立)

1  原告の被告仙台陸運局長に対する訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、一般乗用旅客自動車運送事業を目的とする有限会社であり、昭和四六年五月二八日に設立され、肩書住所地において営業を行なつていた。

2  原告は、設立後泉市のみを事業区域として営業を開始したが、当時泉市で営業を行なつていたのは、仙台市と泉市との両区域を事業区域とする稲荷タクシー有限会社ほか一六社であつた。しかし、仙台市と泉市の両区域を事業区域とする業者であつても、事業区域が異なればタクシー料金体系も異なつており、泉市事業用自動車を仙台市で営業させることはできず、仙台市事業用自動車を泉市で営業させることもできないことになつていた。ところが、右業者らは、事業区域の区別なく両区域で勝手に営業していた。原告の従業員達は、他の業者が事業区域の区別なく営業しているのを知り、原告に対し、自分達も両区域で営業したいと強く要望したが、原告はこれを拒否し、泉市のみで営業するよう指示したため、従業員達はこれを不満として退職していつた。

原告は、昭和四六年一二月仙台陸運局に対し、前記営業の無秩序状態を是正するための取締り、あるいは行政指導を求めたが、同局はこれに応ぜず、右違法状態を放置した。そこで原告は、同月二五日、同局に対し、右違法状態が是正されない限り正常な営業を行なうことは不可能であるから、これが是正されるまで原告の事業を休止する旨を告げ、同局はこれは了解した。

3  しかるに、被告仙台陸運局長は、昭和四九年四月二六日、原告に対し、同日付仙台陸自旅第三四七号の一七警告書により、原告が無許可で事業を休止しているのは道路運送法四一条に違反するから速やかに事業の休廃止の許可手続をとるか、又は事業計画に定めるところに従い事業を再開するよう警告する旨の処分を行なつた。

4  原告は、同年六年一三日、右警告処分につき、被告仙台陸運局長に対して不服申立をしたが、同被告は現在に至るまで右不服申立に対する決定を行なわない。

5  被告仙台陸運局長は、原告が無許可で事業を休止しているとするが、原告は前記2のように、昭和四六年一二月二五日、被告仙台陸運局長に対し、事業を休止するに至つた事情を告げ、事業休止について許可を受けているのであるから、本件警告処分は事実誤認に基づく違法な処分であり取り消されるべきものである。

6  本件警告処分は、同時になされた他の業者に対する警告処分と共に、昭和四九年五月一五日仙台陸運局が報道機関に公表したため、同日のNHKラジオ・テレビほか在仙民間放送各社のラジオ・テレビ及び翌日の河北新報において報道された。原告代表者は、同日午後三時のNHKラジオニユース報道を聞き、直ちにNHK報道部に連絡をとり、右警告処分が不当であることを告げたところ、同報道部はその後の独自の取材に基づき、同日午後七時のニユースでは警告処分を受けた業者名から原告の名前を削除した。

原告は、違法な本件警告処分により社会的評価としての名誉を著しく傷つけられ損害を受けたが、その損害額は五〇万円が相当である。そして、右損害は国家公務員たる被告仙台陸運局長が警告処分という公権力を行使するに当り、十分な調査を行なわず、事実を誤認した過失により生じたものである。

7  よつて、原告は、被告仙台陸運局長が原告に対してなした本件警告処分の取消を求めると共に、被告国に対し損害賠償として五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年七月三一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

(本案前の抗弁)

1 本件警告処分は、いわゆる行政指導に当るもので、警告に従うかどうかは被警告者の任意であり、行政が強権的に服従を強制するものではないから、行政事件訴訟法三条二項にいう行政処分に当らない。従つて、原告の求める本件警告処分の取消の訴えは、法律上の利益を有しないから不適法な訴えとして却下きるべきである。

2 仮に、本件警告処分が行政処分であるとしても、本件警告処分は昭和四九年六月四日到達の配達証明郵便にて原告に通知されたものであり、少なくとも同年九月四日の経過と共に同法一四条の出訴期間が経過したものである。よつて、その後になされた原告の本件警告処分取消しの訴えは、不適法であるから、却下されるべきである。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実は認める。原告が事業を行なつたのは昭和四六年七月一日から同年一二月頃までの約半年間で、その後は宮城県知事の許可なく事業を休止していた。

2 請求原因2の事実中、泉市内所在の営業所に所属する事業用自動車を仙台市内のみで営業させることができず、仙台市内所在の営業所に所属する事業用自動車を泉市内のみで営業させることができないことになつていることは認める。原告が営業を開始した当時、泉市(当時泉町)のみを事業区域とするタクシー業者は原告だけであつたこと、その他泉市内で営業を行なつていたのは一七社の業者であつたこと、被告仙台陸運局長が違法状態を放置し、原告の事業の休止を了解したことは、いずれも否認する。その余の事実は不知。

3 請求原因3、4の事実は認める。原告の当該不服申立は、行政不服審査法の要件を具備していない。

4 請求原因5の事実は否認する。

5 請求原因6の事実中、仙台陸運局が本件警告処分について報道機関に公表したこと、ラジオ、テレビ、新聞が報道したことは認める。NHKラジオ報道の経緯については不知。その余の事実は否認する。

(被告らの主張)

1 本件警告処分が行政処分であるとしても、右処分は、原告が無許可で一般乗用旅客自動車運送事業を休止した事実に基づき適法になされたものであつて、被告仙台陸運局長の行為には故意又は過失に基づく違法はない。

2 被告国は、右警告処分により原告に対して何ら違法な損害を与えていない。また、本件警告処分は、適法妥当になされたものであり、公表それ自体が原告に対し何等違法な損害を与えるものではない。

3 道路運送法(昭和二六年法律第一八三号)四一条一項によつて、一般自動車運送事業者は、事業の全部又は一部を休止しようとするときは運輸大臣の許可を受けなければならないとされている。又、前述の許可を申請しようとする者は、同法施行規則(同年運輸省令第七五号)二四条一項により、所定の事項を記載した休止許可申請書を提出するものとされている。即ち、一般乗用旅客自動車運送事業の休止の許可は、申請主義による要式行為である。しかるに、原告から当該休止許可申請書が提出された事実はない。

更に、同法四一条一項の規定による休止の許可の職権は、同法施行令(同年政令第二五〇号)四条三項三号により、原告の一般乗用旅客自動車運送事業にあつては、運輸大臣から宮城県知事に委任されているものであつて、被告仙台陸運局長が許可することは法令上あり得ない。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

三  原告の反論

(本案前の抗弁に対する反論)

1 本件警告処分が、それ自体何ら法律上の効果の発生を目的としない一種の観念の通知たる事実上の行為に過ぎないとしても、一般乗用旅客自動車運送事業を営むものにとつて、警告処分は運送事業免許取消と同様、その名誉及び信用などに事実上重大な影響を及ぼすおそれがあるから、右措置が社会観念上著しくその適正を欠く場合には、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分」に準じ、これに対して抗告訴訟を提起することができるものというべきである。

2 本件警告処分が昭和四九年六月四日通知されたことは、被告ら主張のとおりであるが、原告は本件警告処分につき、同月一三日被告仙台陸運局長に対して不服申立をしている。本件警告処牙が抗告訴訟の対象となる処分であることは前述のとおりであり、従つて右処分につき不服申立をすることができることは明らかである。右処分が審査請求前置制をとらない行政処分であることは明らかであるが、このような処分に対して審査請求がなされたときは、その裁決があるまでは右処分につき出訴期間は進行せず、従つて右処分のあつたことを知つた日から三か月後でも取消訴訟を提起することができるのである。

原告が本件警告処分につき不服申立をしたにも拘らず、被告仙台陸運局長は何ら裁決をしない。仮に右不服申立が不適法であるならば、行政不服審査法四〇条一項、四一条一項により書面で却下の裁決をすべきであるが、未だに書面による裁決はなされていない。従つて、原告の出訴期間は未だ経過しておらず、本件出訴は適法である。

(被告らの主張に対する原告の反論)

原告が事業を休止するにあたり、宮城県知事に対して休止許可申請書を提出しなかつたことは認める。しかし、原告は、仙台陸運局に対し、理由を明らかにして事業を休止する旨告げ、同局はこれを了解している。原告は、同局に対して昭和四七年度、同四八年度の営業報告書を提出しているが、右報告書によれば、原告の稼働率がゼロであることが明らかである。それにも拘らず、同局から休止についての行政指導あるいは休止許可申請書を提出するようにとの指導が全くなかつたのは、同局が右事情を知悉していたからに他ならない。又、原告は、その後もたびたび同局を訪れ、事業区域の問題を是正し、原告が稼働できるようにしてくれと申し入れているが、その際も事業休止許可申請書を宮城県知事に提出するようにという指導はされなかつた。このように被告仙台陸運局長は、原告が事業を休止するに至つた事情を十分知りながら、原告に対し、一度として宮城県知事に休止許可申請書を提出するよう指導することもなく、突然本件警告処分を発したものであつて、これは極めて不当であり、手続的に違法であるといわなければならない。

第三証拠<省略>

理由

一  本案前の抗弁について

まず、被告仙台陸運局長は、本件警告処分は行政事件訴訟法三条二項の行政処分に当らないと主張するので、この点につき判断する。

請求原因134の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告は、昭和四六年三月四日一般乗用旅客自動車運送事業経営の免許を受け、設立後の同年七月一日から泉市を事業区域として営業を開始したが、同年一二月頃、原告の運転手が次々と退職したため事業を続けることが困難になつたとして、昭和四七年一月頃から昭和四八年にかけて事業を休止したことが認められる。ところで、一般自動車運送事業者が、その事業を休止しようとするときは、道路運送法四一条一項により運輸大臣の許可を受けなければならず、原告の一般乗用旅客自動車運送事業にあつては、同条所定の許可権は同法施行令四条三項により運輸大臣から宮城県知事に委任されており、この許可を受けようとする者は、同法施行規則二四条一項により、同県知事に対し、所定の事項を記載したその旨の許可申請書を提出するものとされている。しかしながら、原告が事業を休止するにあたり右許可申請手続をしなかつたことは当事者間に争いないところ、前掲各証拠によると、被告仙台陸運局長は、昭和四九年三月一三日職員らを指示して原告の営業所を立入検査した結果、原告が右のとおり無許可で事業を休止していることを知つたが、これは道路運送法一九条、四一条等の趣旨に違反し、輸送秩序を乱しているので、速やかにこの違法状態を除去する必要があると考え、原告主張の日、原告に対しその主張のような本件警告処分を行なつたことが認められる。ところで、右警告処分は、いわゆる行政指導に該当し、右違法状態を是正し、輸送秩序を確保するための警告としての意味を有する事実行為にすぎず、法律の規定に基づくものではなく、また、これにより原告の権利・義務に影響を及ぼすというような法律的効果を発生させるものでもない。そして、行政事件訴訟法三条二項の行政処分といい得るためには、当該行為が公権力の行使としてなされ、かつ右行為が直接国民の権利・義務に影響を及ぼすような法律的効果を発生するものでなければならないから、本件警告処分は、同条項所定の抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。

してみると、原告の被告仙台陸運局長に対する本件警告処分の取消しを求める訴えは、不適法なものとして却下すべきである。

二  国家賠償請求について

1  右認定のとおり、本件警告処分は、原告に対し何ら法律上の効果を生ずるものではないが、仮に、それが不当になされ、原告の社会的信用等を損う等原告に事実上の不利益を被らしめた場合には、原告は、これに対し損害賠償を請求することが可能である。そして、国家賠償法の立法趣旨に鑑みれば、同法一条一項の公権力の行使とは、広く公行政の領域における国家活動を指すものと解するのが相当であるから、公務員たる被告仙台陸運局長のなした本件警告処分は、右にいう公権力の行使に該当するものというべきである。

2  そこで、この点に関する被告国の責任につき判断するに、<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。すなわち、原告の取締役山口進は、昭和四六年一二月頃、運転手が次々と退職したため、事業を続けることが困難な状態となつたことを理由として、同月二五日仙台陸運局の当時の自動車部長松木洋三、旅客課長渥美敏雄に会い、同人らに対し、泉市と仙台市の両区域を事業区域とする他のタクシー業者らが、両区域の区別を無視し勝手に営業しており、これを知つた原告の運転手達が水揚げを増加するために自分達も仙台市で営業させて欲しいと強く要望したが、原告がこれを拒否したため、次々と退職してしまい、営業が不可能となつてしまつた。ついては、両事業区域の区別を徹底させ、他業者の右のような違法状態を取締るか、是正すべく行政指導して欲しい、原告としては右違法状態が是正されるまでは営業の再開が不可能であり、事業を休止せぎるを得ない旨を述べた。そして、原告は、前記のとおり、昭和四七年一月頃から、同四八年にかけて全く営業をせず休止状態にあつたが、当時、すでに事業休止については、あらかじめ、その旨の許可権者である宮城県知事に対し、その許可申請手続をしなければならないことを承知していたにもかかわらず、これをせず、同県知事も特にこれを許可したことは全くなかつた。昭和四九年二月四日、仙台陸運局自動車部旅客課長に就任した野村宏太郎は、その後まもなく、原告の取締役山口進から前記のような苦情を聞かされたが、同人が野村の意見を聞こうとはせず、挙句のはて一方的に今後野村には会わない旨言明したため、以後山口に対し輸送業務等に関する適切な指導を十分になすことができなくなつた。他方、被告仙台陸運局長は、この件につき調査したところ、なるほど、他のタクシー業者の中には、道路運送法に違反する行為をする者も若干いたけれども、総体的にみてなお輸送秩序は保持されており、原告が事業を休止するに至つたのは必ずしも原告主張のような事情によるものではないことが分つたが、当時、他のタクシー業者の免許取消事件と関連して仙台市周辺のタクシー業者について同法違反の事実があるものにつき立入監査および処分をしたことの一環として、原告についても、予告の上、同年三月一三日原告の営業所を立入検査し、原告に対し、同年四月二六日、前記のような内容を有する本件警告処分を行ない、同年五月一五日、その旨の書面を交付しようとしたが、原告よりこれを拒否されてしまつた。そこで、被告仙台陸運局長は、やむなく、右書面を書留郵便にて発送し、これは同年六月四日原告に到達した。

3  右認定の各事実に照らすと、原告が無許可で事業を休止していたことは道路運送法四一条に違反するものであり、この違法状態を除去し輸送秩序を確保するために行なつた被告仙台陸運局長の本件警告処分は、適切なものであつて、なんら事実を誤認してなされたものとは言えず、更に手続的に瑕疵があり不当なものと言うこともできない。また、仙台陸運局が本件警告処分について報道機関に公表したことは当事者間に争いがないけれども、右公表自体が被告仙台陸運局長の原告に対する不法行為を構成するものということもできない。

してみると、本件警告処分が違法になされたことを前提とする原告の被告国に対する国家賠償法一条所定の損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却すべきである。

三  よつて、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄 松本朝光 栗栖勲)

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